
フィクションを持って真実を描く――でもいいのじゃないか?
自分の目で確認できたことでもないのに真実ではない、現実ではない、と言い張る不思議な日本人が出てきたのは、かれこれここ十年ぐらいでしょうか。奇しくもインターネットの登場と機を同じにします(正にここにもそういう意見のレビューが張り付いております)。自分の見たくないもの、知りたくないことにほおかむりをしよう、というのは何となく戦前と同じ風潮で、とても不健全なものを感じるのは小子ばかりではないでしょう。世の中、きれい事だらけだったら逆に気味悪いじゃないか、という感覚が徹底的に欠如しているところに、日本の同時代文化のひ弱さがあるように感じます。悔しいながら、米国が圧倒的に強いと思うのは、自分たちの見たくない歴史や汚点に対しても逃げることなく直視することができる文化があるからですね。もちろんそれに反論することは大いに行われているし、大いに結構なことですが、それが文化面での神髄になることは決してありませんね。日本にも米国のような文化は50〜70年代のほんの一時期現れましたが、それを行ったのはいわゆる左翼の人たちだけ。だから決して主流とはならないからそのうち立ち消えになりました。そういう逆風下でこういう映画が作られたことは驚異的なことで、まずはその勇気を称えます。もちろん、この映画は多くの映画と同じようにフィクションに違いありません。でもフィクションだから真実や現実が描けない、ということではないんですね。この映画を直視できない人たちはいったい、映画の何を恐れているか、小子には理解不能です。でもそういう人たちにも、これだけは言っておきたいですね。こういう映画が作られようが作られまいが、日本は今でも世界中の多くの人たちから尊敬されていますよ、と。そしてむしろそれは、こういう映画が作られる文化を持っていることによって、と。
一味もふた味も違う社会派ドキュメント
「どついたるねん」の阪本順治監督が世に送り出した衝撃の問題作です。2008年公開。いまなお現実に行われている人身売買や臓器の闇取引にメスを入れた、映画という形をとっていますが、これは現実に起きているドキュメントです。
記憶をたどれば確か2004年に「人身売買被害者保護」において、日本は積極的な対策をとっていないことから世界的な非難を受け、翌2005年に遅ればせながら「人身売買罪」が新設されました。また、臓器移植については、脳死と提供ドナーの年齢撤廃の論議がされたことは記憶に新しいところです。一応はアジアの中では先進国と言われる日本ですら人身売買に関しては後進国の扱いですから、いまなお貧富の差にあえぐ東南アジア諸国では、さらに遅れた状況であることは間違いありません。しかし、売春や臓器の提供を前提としてわが子を「売る」タイの親たちを責める気持ちにはどうしてもなれません。彼ら親たちだって生活があります。それに「すべてを知って」わが子を差し出している親は、実は少数派だからです。何よりも悪なのは「貧困」だと思えるからです。
作品ではタイにおける少女少年売春や非合法の臓器提供や蔓延するエイズの実態が、克明に描かれています。心に鋭利な刃物を突きつけられたような思いを抱くのは、それは映画のための作り物ではなく、現実に起きていることだからなのでしょう。いや、映画は実は公開を考慮してソフィストケイテッドされていて、現実はもっと悲惨なのかもしれません。この映画での唯一の救いは、無邪気に遊ぶタイの子どもたちの姿ですが、彼らだっていつ「売られてしまう」かわかりません。
最後の結末はある意味で意外なのですが、少なくとも男として生を受けたからには、誰だって「性的加害者」になりうるという警告なのだと思います。単に社会的な問題に挑むステレオタイプ的な「格好いい男性像」などは、もう十分見飽きているのですから。ただし、ほかのレビュアーさんがご指摘のように、お子さまが観る際は、十分な説明が必要だと思います。
闇の子供たち
フィクションだけど
まさに闇ルートは存在するわけで、こんな現実があるんだ、と考えさせる作品。
闇って言っても
その世界は普通に存在するのに
異様な人にしか見つけることが出来ない世界
幼児売春や殺される臓器提供者
子供たちがゴミ袋に生きたまま入れられてただの商売道具でしかなくて
作品のなかでは意思も言葉もない
臓器提供を受ける日本の家族は
見えないふりをしてるだけだった
自分の子供の命を助けるために
地図で20cm離れた国の子供を殺す
世の中お金が全てなのか
正当な生き方とは何なのか
闇のなかで
助けようとすることも無力すぎる
ラストシーンは「セブン」に匹敵する驚愕。最後まで気を抜かぬよう!
個人的にタイは行ったことがないが、イメージとしてはトムヤンクンとプーケット、といったところだろうか。しかしその裏側ではペドファイルな人たちが愉しみ、エイズがはびこり、人身売買が行われ、生きたまま子供の臓器が取られる、というトンデモ行為が横行している、という。このようなテーマを映像化した坂本順治監督はタダものではない。2008年のオスカー外国語映画は、これを推薦してもよかったのではないか?とにかく全編に渡って絶望的な映画だ。売られた子供たちは、まさしく「モノ」として扱われる。宮崎あおい扮する音羽恵子が奔走する臓器売買・人身売買のメインテーマとは別に、悪夢のように出てくるペドファイルのシーン。なぜこの場面が必要だったのか、それがラストシーンで分かるときの驚きは格別だ。びっくり、なんていうレベルじゃあない。この俳優はよくぞこの役を受けたと思う。江口洋介も妻夫木も、今回の役柄はどこかに劣等感を抱えている。坂本組常連の佐藤浩市も、出演場面こそわずかだが、圧倒的な存在感を見せた。原作も映画も未見の人には、文字通り「ラストは誰にも言わないでください」というシャシンだ。闇に踏み込んだ大いなる挑戦作である。
この映画を真実と呼ぶ事が、日本の本当の恥
この映画について未だに
ノンフィクション、事実、ドキュメンタリーというような認識を持っている人がいます。
そして関係者や募金団体までもが未だにそういった言葉を使って視聴者を煽っています。
必ず知っておいて欲しいのは、
この映画がただのフィクション映画であるということ、
この映画のために 外国の子供が虐待シーンを演じているといこと、
内臓移植を受けた人が他人の命を犠牲にしたというような誤解を煽ってること。
タイ国内でもこの映画について様々な点で問題視されていることをご存じですか。
売春や人身売買の多くは日本人男性による物という認識自体が大きな誤解だと、知ってますか。
作品を楽しむのは個人の自由です。
ただこのような映画に対して軽々しく真実という言葉を使い、
本当の事実をねじ曲げたり、他人を傷つけたりするような行為は慎んで欲しいです。
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