
Disk1
王者の風格
ショパンのピアノ曲の中でも特に情熱ほとばしるバラード&スケルツォ全8曲。
個々の曲ではホロヴィッツのバラード第1番のライヴ・スタジオ録音の数々、
若きクライヴァーンのしっとりとしたバラード第3番、
ネイガウス死の直前の熱きバラード全曲ライヴ、
アルゲリッチの鮮烈なデビュー曲でもあったスケルツォ第3番、
そして最近では、ポリーニによるバラード第2番の再録音や
炎の様なスケルツォ第1番等々の名演も聴かれますが、
最後にはいつも抜群の安定感とショパンらしい抒情感を兼ね備えた
このCDに戻ってきてしまいます。
それは、若者には決して到達できない72歳の枯れた“色気”
・・・すなわち、これぞ王者の風格とでもいうのでしょうか。
やはりルービンシュタイン盤は偉大なるゴールデンスタンダードなのです。
名演
ショパンのバラードを聴きたくて、購入しました。
ルービンシュタインによるこの作品は、録音が1959年のものですが、リマスターリングしていることもあり、とても聴きやすいものになっています。
バラード第一番の力感溢れる演奏は、とても印象に残りました。
これからも聴きこんでいきたいと思います。
真のヴィルトゥオーゾが奏でるショパンの、身にしみて味わい深きこと
何も特別なことはしていないように思えるのに、自ずと光がにじみ出るようなショパン。曲のツボを押さえた理論的な面と、内面を深く照射した情感の面が、絶妙のバランスで融合している、そんな印象を受ける演奏。真のヴィルトゥオーゾのひとり、アルトゥール・ルービンシュタインの弾くここでの演奏は、なんとも味わい深いものがあるなあと、身にしみて感じるものがありました。
曲の構成、スタイル、味わいこそ違え、どちらも1831年〜1842年にわたって書き紡がれた『スケルツォ』と『バラード』の各四曲。とりわけ、『バラード』の「第1番 ト短調」と「第4番 ヘ短調」、『スケルツォ』の「第3番 嬰ハ短調」の趣がしみじみ素晴らしかったですね。音符の背後にあるものを見つめ、そっと掬い上げようとする手つきのようなもの。言葉ではこぼれ落ちてしまうショパンの音楽の真髄に、細心の注意を払って触れ、取り出そうとしている名人の手わざ。それがとてもファンタスティックで、魅力的でした。
四曲の『スケルツォ』が、1959年3月25日&26日。四曲の『バラード』が、1959年4月28日&29日。いずれも、ニューヨークのマンハッタン・センターにて。ルービンシュタイン72歳の年の録音です。
本CDの解説書に掲載されたルービンシュタインが語るショパンあれこれ、1960年の「ショパンについてのモノローグ」も、読みごたえがありましたねぇ。ショパンの作品の性格、その本質をきっちりと掴まえ、明快に言葉で表現しています。なるほどと頷かされる箇所が、いくつもありました。
清々しさの中にある味わい深さ
バラードとスケルツォは他の演奏家によるものを聴いており、
このCDははじめはオーソドックスな印象で、衝撃を感じることはありませんでした。
しかし、何回か聴いているうちにバラスケに関してはこのCDを聴くことが一番多くなっていることに気づきました。
清々しさと深さが同居しているような、と言えば良いのでしょうか。
くどくない、でもしっかりと聴かせてくれる、というのがこのレビューを書いている時点での感想です。
飽きがこない、聴けば聴くほど味がでてくる名演だと思いました。
大人のショパン
「やっぱりバラ1はホロヴィッツ」
10代の頃の私の主張でした。
華々しく魅せるホロヴィッツの音楽の虜だった私は、大音量ヘッドフォンの向こうから聞こえてくる超絶技巧にもう夢中。
それに比べてルービンシュタインの演奏は実にか弱く、面白くない演奏にしか聞こえませんでした。
今や私も20代半ば。
今は逆にルービンシュタインの音楽がたまらないのです。
ホロヴィッツのような過度な演出は少ないけれども、自然体に奏でられる演奏から溢れ出すルービンシュタインの強い自己主張がいつの頃からか聞こえてくるようになったのです。
ルービンシュタインの良さが分かるには、ある程度の成熟さが必要なのでしょうね。
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