ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番&第5番 通販

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ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番&第5番

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番&第5番
  • ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番&第5番
  • ベネデッティ=ミケランジェリ(アルトゥーロ)
  • ユニバーサル ミュージック クラシック
  • CD
  • 売り上げランキング カテゴリ中 40945位
  • オススメ度:
  • Music (2006-11-08)
  • 定価¥ 1,000(税込)
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Disk1

  1. ピアノ協奏曲 第5番 変ホ長調 作品73 ≪皇帝≫第1楽章 Allegro
  2. ピアノ協奏曲 第5番 変ホ長調 作品73 ≪皇帝≫第2楽章 Adagio un poco mosso
  3. ピアノ協奏曲 第5番 変ホ長調 作品73 ≪皇帝≫第3楽章 Rondo (Allegro)
  4. ピアノ協奏曲 第3番 ハ短調 作品37 第1楽章 Allegro con brio
  5. ピアノ協奏曲 第3番 ハ短調 作品37 第2楽章 Largo
  6. ピアノ協奏曲 第3番 ハ短調 作品37 第3楽章 Rondo(Allegro)

アマゾンカスタマーレビュー

つまらない曲と演奏

完璧なピアニストというキャッチフレーズで売り出したミケランジェリだが、彼の演奏は、どれもピアノを弾くことに倦んでしまったような演奏ばかりだ。
彼自身、同じようなレパートリーを繰り返し録音し、演奏していたため、レパートリーを広げることができず、それがゆえにつまらない演奏しかしなくなったのだろう。
ベートーヴェンの、一連のピアノ協奏曲は、耳にタコができるくらい演奏されつくしている。
ミケランジェリの演奏であれ、何ら新しいものは見出せない。

ミケランジェリ開眼

ミケランジェリのピアノに関しては皆さんの絶賛に同感です。明快なテクスチャーと硬質で透明感と輝きのある音色、主役として演奏の中心にそびえ立つ、正に別格の演奏。ピアノパートだけの魅力ならNO.1を争うでしょう。でもジュリーニ・ウィーン響が格下に感じられるのは私だけでしょうか? 完璧主義者のジュリーニなのにオケに特別の魅力がない。必要充分だけどピアノに負けてるよなあ、と感じてしまいました。トータルの好みでは3番目くらいかな?

信じがたいまでに素晴らしい、完璧な演奏

 「皇帝」とは、もちろん、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番に付けられた名前である。だが、この演奏を聴くと、それは、もしかすると、ミケランジェリと言ふピアニストの為の付けられた名だったのではないか?と言ふ気がしてして来る。
 信じがたいまでに素晴らしい演奏である。−−三島由紀夫の文章の様な演奏とでも言ったらいいのだろうか。−−「皇帝」に関しては、もう、他のピアニストの演奏を聴く気がしなく成ってしまふ様な、完璧な演奏である。
 ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番も、素晴らしい。この協奏曲は、演奏によっては、作品の欠点が感じられてしまふ事も有るが、ミケランジェリのこの演奏では、もちろん、そんな事は全く無い。本当に、宝の様なCDである。

(西岡昌紀・内科医/ミケランジェリが生まれた日に)

「皇帝」の名に相応しい演奏

 ベートーヴェン最後のピアノ協奏曲第五番は俗称として「皇帝」といわれるが、これはベートーヴェン自身が命名したものではない。しかし、この曲はこの名に相応しい外観と内容を備えている。古今東西、この曲の録音は数え切れないほどあるが、真にこの曲の核心に迫った演奏はほとんどない。私はそれらの録音を隈なく聞いたわけではないが、代表的な演奏は幾つか聞いてきた。その中でもっとも好きなのは、バックハウスとイッセルシュテットの質実剛健な「皇帝」であるが、このミケランジェリの演奏を聞いたときは思わず耳を疑うほど感銘を受けた。冒頭からしてこれほど透明な音色で高貴な響きをした「皇帝」は今まで聞いたことはなかった。その中でも第一楽章は非常に素晴らしい演奏である。この楽章の細部の多様な側面が次々と明らかにされ、それらが有機的に作用し全体のなかでしかるべき意味を発している。第二楽章は一貫して硬質な音色で純度の高い演奏である。第三楽章は力強さと同時に、華麗さも備わった演奏である。そして、バックのジュリーニとウィーン交響楽団も緻密で密度の高い表現でピアノを支えている。この「皇帝」は民を思う優しい皇帝ではなく、また、貧しい階級出身の誠実、朴訥な皇帝でもなく、生まれつきすべてから崇拝される高貴さと華麗さを備えた、完全無欠の皇帝といえよう。

貴族的完ぺき主義の使徒の珠玉の名演

「皇帝」に関しては、正直な話、チェリビダッケ指揮パリ管弦楽団の海賊版(1970年台の良質のモノラル)の持つショッキングな戦慄・・・という所までは行っていない。

そもそも、当初はコード・ガーベンとの約束(つまりはドイツ・グラモフォンとの契約)=何とカルロス・クライバー指揮ベルリン・フィルと「全集」を作ると言う雄図がまずあって、その雄図がクライバーの楽譜を(意地悪の?)ミケランジェリが見てしまったことから大頓挫したのだが、その代替案として数年後スタートしたのが、ジュリーニ指揮ヴィーン交響楽団とのセッションである。そこにこぎつくまでも紆余曲折があり、相当大変だったらしい。

ようやくピアノの前に陣取った天才イタリア人は、何かに憑かれたかのようにピアニズムの万華鏡を繰り広げる。忍耐強いジュリーニの奥深いアンサンブルに支えられて(伴奏を担当した3曲の中で一番ジュリーニらしい)、完璧なベートーヴェンを再構築する。
さりげなく剛毅華麗な演奏を繰り広げるバックハウスや、シャープなのに豊かな音楽をスマートに聞かせるグルダとも違う、「貴族的完ぺき主義の使徒」としての輝かしい演奏といえよう。

第3番ハ短調は「皇帝」ほどの緊張感は感じられない。カデンツァはさすがだが、録音のせいか聞く者の耳を圧倒するレヴェルには達し切れてはいない。パリ管のコンサートでは「ポリーニもブレンデルもバレンボイムも全く児戯にすぎない」とさえ言わしめた絶対的境地がこの演奏の上に存在したのだ。やはり天才は恐ろしい。

この録音にこぎつけたコード・ガーベンの忍耐力に敬意を表する。