い~じゃん!J-POP -だから僕は日本にやって来た- マーティ・フリードマン 通販

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い~じゃん!J-POP -だから僕は日本にやって来た- マーティ・フリードマン

い~じゃん!J-POP -だから僕は日本にやって来た- マーティ・フリードマン

アマゾンカスタマーレビュー

おもろい

マーティ(ブラウンではない)のような世界的なアーティストが本気で日本のJ−POPを語っているところが面白い。
日本人でもあややの曲をマジメに分析する人いないのに。
誇らしい気持ちになれる。

比較文化の罠

外国人との会話で手っ取り早く盛り上がるにはお国の話が一番だ。海外と自国との彼我の違いを突きつけられ自分の拠って立つ文化を相対化するのは知的好奇心をそそられる体験だ。外国人と交流する醍醐味の一つといっていいだろう。自分もつられて「日本はこうでさ〜」とかいって相手に喜んでもらう。
しかし、そんなこんなでひとしきり盛り上がった後に、いつもこんな思いが頭をもたげてしまう。「彼の言ってることに誇張や偏見はないんだろうか」「自分も日本人を代表したような顔をしているが、果たして自分はどれくらい日本のことを理解しているのだろうか?所詮マスコミの受け売りではないだろうか?」と。本書読了後も結局はそんな釈然としない思いが残った。
単なる一般人と著者のような功成り名を遂げた著名人を一緒くたにするな、と言われるだろうし、本書の趣旨からしてそんな突っ込みも野暮というものだろうが、それにしてもあんまりではある。
著者の主張は、日本のお家芸とされる「和魂洋(漢)才」の伝統に馴染むもので、まぁそうなんだろうなぁと漠然とは納得できるのだが、何分、実証的な根拠が示されないまま著者の体験・知識と周囲の知人を基に話が進行するのでどうも消化不良なのだ。J-POPの特異性を音楽的に分析する箇所はさすが一流ミュージシャンという感じで本書の読み所なのだが、その特異性を「優越性」に転化して肯定的に評価するのは主観的な審美眼が絡むものなので論理の飛躍を感じる所である(要するに面白ければそれでいいのか、という疑問)。世界的なミュージシャン当人による音楽的分析は本書の売りでもあるのだが、逆にそれが仇になって専門的な楽曲分析の枠内に留まってしまい社会や文化との関係性についての広い視野からの考察が欠けている点も気になる。
一例を挙げると、「J-POPは洋楽のようにジャンルが細分化されておらず硬直した様式美に囚われない自由な空に満ち溢れている」というのが本書の柱となる主張なのだが、「まぁそりゃ欧米の借りもんですからねぇ。へへへ。」という素朴なツッコミは横に置くにしても(本当にこの国に音楽的自由が存在するなら本国人が沖縄の島唄でヒットを飛ばしても非難されないはずだ。要は遠近法の問題じゃね?と。)、「ジャンルから自由であること」のネガティブな側面についての考察には無頓着だ。例えば特にジャズに顕著だが各ジャンルにはコアな固定客が国内はもとより世界中に存在するのでその分野に特化するということはいわば本人の実力とは別に「ジャンルという下駄を履かせてもらう」ので特にジャンルを掲げないミュージシャンよりもアーティストとしての寿命が長くなるということはないだろうか?あるジャンルに特化することは活動の場が国内市場に拘束されないことを意味する。国内では無名でも海外のマニアに評価されることで、ヒットチャート的な商業的なプレッシャーから開放され息の長い活動を続けているケースは結構な数存在する。その代償として著者の指摘する通り音楽的自由度は減る訳だが。
ミュージシャンの多くは当然「オレ自体が一つのジャンルだ!」という心意気で活動しているのだろうが、実際問題、毎年デビューするアーティストの中で数十年(数年ではない)の単位で持続する看板としてブランディングに成功できるアーティストは恐らく片手で十分であろう。その以外のジャンル色を薄めた徒手空拳の「ポップ・ミュージシャン」は数年のうちにシーンから退場させられているのが現状である。ポップミュージックを刹那的に消費する分にはどうでもいい話かもしれないが、文化状況としては本当に問題はないのだろうか。
或いはあるジャンルを換骨奪胎してポップスとして消費することは歴史的、人種的、思想的、地域的特性を希釈することを意味するので、そのジャンルが提供し得る社会的な機能(例えばレゲエのラスタファリズム)までスポイルしてしまうということにはならないだろうか?
今ぱっと思いついただけでもいろいろ疑問はあるのだから深く考えようとすればもっといろいろでてくるだろう。まぁそんな頭でっかちな七面倒なことを考えるのは評論家の仕事であって著者のような感性と直感で勝負するミュージシャンのそれではないと言われればそれまでだけど、もうチト複眼的な思考が欲しいところ。
近年、アメリカ文化について単純化・ステレオタイプ化する言説が流布したが、著者が主張する「ジャンルのたこ壷化」もその延長線上に感じてしまった。確かに日本でも国内盤が存在するようなメジャーな音源しか触れてないとうっかりそう思ってしまいそうになるのだが、この国のアンダーグラウンドシーンについて多少知識がある者の間では、そう一筋縄でいかない懐の深い国であることは共通了解であろう。
まとめると、著者の主張には実証的根拠が薄く、物事の捉え方が一面的な所があるので、結局は眉に唾を塗ってしまうのだ。日本大好きで「アバタもエクボ」状態なので尚更。
絶賛のレビューの中でこんなことを書くと恐らく総スカンを喰うだろうが、別にJ-POPが劣っているとかましてや著者が嫌い(むしろ好き)とかいう話をしたい訳ではないことは強調しておきたい。ただ主張の根拠が薄いし物事には色んな見方があるということを言いたいのだ。
本人はとってもいい人そうなので仲のいい外国の友達と駄話してる感じで読むのをおススメします。日本語も大層お上手なので安心。

さすがマーティー!

マーティーはメガデスの時から知ってました。その頃BURRN!ていう雑誌も(スペルいいかな?)読んでて、その中でも「日本好き!」なんてことよく書いてありました。それからしばらくメタル系の音楽から遠ざかっていて、去年の紅白見てたら、なぜかマーティーが…
びっくりしました。それで昔を思い出し、ネットで調べてみたらなんと東京に住んでいた!
そして、この本の存在を知り即注文しました。感想はというと、すごくおもしろかった!
外国のそれも超一流のメタル系ギタリストとは思えない視点でJ−POPをとらえていました。
究極の”オタク”的視点だと思います。しかし、ただのオタクではありません。音楽的理論、日本に対する敬意、自らの経験それらすべてがベースとなった上での一流の”オタク”です。
さすがマーティー 感服いたしました!

マーティの人間性が、読者を幸せにしてくれます

 この本に対する評価については、他のレビューを書かれた方々と同じく、J−POPの魅力を再発見させてくれる内容ですね。しかも文章がシンプルでありながら、表現の巧みさが心地よいです(マーティに「日本語が上手ですね」なんて言うことが失礼な感じがしてきます)。
 マーティのような人のことを「ポジティヴ」というのではないかな?と思います。もしかしたら、J−POPの中には、マーティの苦手なものもあるのだろうけど、この本ではそういう部分は強調せず、マーティの「好き・最高じゃん!」で埋められています。
 ぜひ、アラ探しやボキャブラリーの豊富さだけで勝負しているような評論家に読んでほしいです。「他人の良いところを探すことが、自分自身の幅を広げる」マーティから教わった気がしました。

コンプレックスだけ

 かなりのジャンルの洋楽を聴いてきて
近年の凋落振りに嫌気がさしJPOPを聞き始めた時に本書を購入しました。
洋楽のほうが偉く、邦楽は音楽として格下だと思っていました。
しかし実際に聞いてみるといろんなジャンルの音楽がミックスされている
ことに気づき、以外にもJPOPにはまってしまいました。
そんな自分を恥ずかしいと思ったりもしたのですが、本書読了後にはそんな考えはなくなっていました。
「日本人は良い音楽を聴きすぎているから足元の音楽をそれ程いいと思っていない」
というマーティの言葉には読者を納得させるものがあります。
マーティの好きな曲BEST40をもとにしてJPOPの深みにはまりました。
浅いようで深く、意外と洗練されているのがJPOPだと思います。
マーティ、新しい扉へ導いてくれたありがとう!!