
機知にとんだ自伝
私は自伝が好きで、たくさん読んでいるが、中でもこれはユーモアのセンスに秀でていてお気に入りの一冊。まずはじめの章が、著者の胃袋によって語られ、最後の章は23世紀ごろというSFもどきの締めくくり。
その間にあるのは、著者と彼が時を共にした友人や楽器の物語である。それを一貫しているのは、音楽に対する愛と情熱。著者は自分と適度な距離を保つことに成功している。
本の中で、著者はディレッタンティズムを技芸のみに秀で、一貫した考え方がないとして批判しているが、この書をもってして、著者はまさにディレッタントならぬプロフェッショナルであることを証左していると思った。
私も前のレビュー者同様、著者の壮健を心から祈りたい。
チェリストが書き残した20世紀の「俯瞰図」
名チェリスト、ヤーノシュ・シュタルケル氏の自伝。
戦後日本において、
コダーイの『無伴奏チェロ組曲』でその名を響かせた名匠。
本書に登場する人物はチェロのカザルス、フルニエ、トゥルトゥリエや、
指揮者のセル、ライナー、クレンペラー、カラヤン、ジュリーニといった多彩な顔ぶれが次々と登場する。
ハンガリーに生まれ、
同地で第二次世界大戦を生き抜きぬいた著者。
アメリカに渡り、市民権を得る過程や生活費の細かな証言は、
20世紀の欧米音楽史であると同時に、
戦後史のディテールを補う貴重な記録。
メトロポリタン歌劇場やシカゴ交響楽団時代のくだりは、
該当時期のCDを聴きながら読むとより一層面白い。
愛器・ストラディバリウスを抱えてのアフリカ・ツアーの様子が、
本書の一部として掲載されたことも嬉しい。
日本を気に入っていたようで、
最後の演奏会も日本だったとの記載。
ロストロポーヴッチ氏も逝き、
20世紀チェロ演奏の歴史を彩ってきた人々が黄昏の時に。
シュタルケル氏の御壮健を願わずにはいられない。
少々難のある和訳と誤植が散見され、そこが残念ではあるが、
文庫化したおりに修正されることを期待したい。
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