
分けて考えた方が…
ケータイ小説を取り巻く状況に関しては「なるほどね…」と思いましたが、“ヤンキー”というキーワードと結び付けて考えようとすると何か違和感をおぼえます。
ケータイ小説にもヤンキーにも思い入れはないなぁと読み終えて思いました。
ケータイ小説が生み出された背景
ケータイ小説が生み出された背景を、「浜崎あゆみ」「ヤンキー文化」
「ジャスコ化する郊外」等の切り口で展開されており、読みものとして
とても面白かったです。
ケータイ小説を読んでなくても十分楽しめました。
ただし有名ケータイ小説のネタバレ的な要素もあります。
サブカルチャー的少女文化論として、とても面白い。
ケータイ小説論はたくさん出ているようだが、そもそもサブカルチャーに造詣が深くない人が「文学か?」などと分析しても、全く意味を持たない。テキスト論としてはそれもあり得るのだとは思うが、今急に「若者文化」に接して驚いているような評論では、読んでも仕方がない。やはり、これだけ十代の少女に蔓延しているからには、正しく「少女文化の歴史」の中で吟味することが最低限必要だと思う。
その点著者は1989年の山根一眞『変態少女文字の研究』から宮台真司、大塚英志、東浩紀、土井隆義らの評論もきちんと視野に入れている。その上で浜崎あゆみと尾崎豊の違い、『ティーンズロード』などの雑誌やマンガ『ホットロード』『NANA』『頭文字D』などを例に、ヤンキー文化(郊外型、地元つながり、コミュニケーション依存、DV傾向)について分析を試みる。そこから、「不幸自慢のインフレスパイラル」としての「自分語り」であるケータイ小説の性格が露わになる。
もちろんこれだけで全てを語ることはできないだろうが、「ヤンキー文化と相性のいい相田みつを」など、独自の視点がなかなか説得力があり、面白かった!!
批評レベルがケータイ小説的。ってことか…
こんなスッカスカでペラッペラのありきたりな言説で「批評」ですって、
ねえ、みんな、聞いた? うぷぷー。
ちなみに装丁は常磐響っぽさを意識?
なんもかもが10年遅えよ。
とにかく「若者文化に詳しい文化人」のイスが欲しいんですね、わかります。
この著者程度でいいんなら東京だけで三千人はいるとみた。
で?
ケータイ小説がヒットするバックグラウンドを「ヤンキー」「郊外化」
「マンガ」「浜崎あゆみ」「メール」などのキーワードから解明していくノンフィクション。
ところどころ「なるほど」とうなずくような部分もあるのだが、
全体としてはメリハリがなく、結局なにが言いたいのかよう分からなかった。
「上京に憧れない若者達が増えているが、それが地元の共同体の復活になる」とか
「クリエイターを夢見てアルバイトを続ける若者は非正規社員を好む企業の需要と一致している」
といった考察は非常に鋭く、同感だ。
しかし、著者はケータイ小説を読む若者達やそれをヒットさせた環境を
世間に知らしめることには成功しているが、それが何なのか、結論が出ていないように思う。
結論は皆さんで考えてくださいということなのかも知れないが、
なんとなく尻切れトンボの感を否めない。
また、かなりの手間をかけてケータイ小説を分析したり、郊外の取材等をしている位なのだから、
ケータイ小説の読者である少女達のインタビュー等も入れればもっとメリハリのある内容になったように思う。
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