
過去と現在の作品の類似
文学史とは文学の歴史のことで、
それはとりもなおさずそこに挙げられる文学を「過去」のものとすること。
著者は今では過去のものとされる文学も、
書かれた当時には現在書かれる小説と同じように書かれたのではないかと思い、
「過去」の作品も「現在」の小説と同じラインにならべ、文学として論じた本。
過去も現在も一緒に考えるというコンセプトで論じられたこの「文学論」は
樋口一葉と綿矢りさ、田山花袋の『蒲団』と美嘉の『恋空』、
石川啄木と赤木智弘など、過去の作家と現代の作家に類似性を見出しています。
その語り口はなめらかで、著者があげる類似性は興味深かったです。
ただこの論、「大人にはわからない」とタイトルでは言っていますが
それは従来の文学論とは異なるというエクスキューズで、
若年者に向けた文学史というわけではありません。
むしろ著者が年輩の方であるため、文章の読みやすさを論じた箇所などは
年長者らしい談じかたという印象でした。
面白い
本当に読みやすくて面白い本。
すらすら読めてしまう。
だがそれが曲者で、内容は高度なので、
すらすら読めすぎて油断して読んでしまい、
よく理解できないということが起きたりする。
なので、すらすらに騙されず、いきつもどりつ読んだ方がいい。
私は綿矢りさが好きなのだが、
これまで綿矢りさのよさがどこにあるのかいまいちわからなかったし、
実際彼女の良さというものは
曰く言い難いものではないかと思っていて、
彼女をバカにする論調に対してどうも論理的に対抗できないなと思っていた。
だが、本書では彼女の魅力を見事に言語化している。
論理的で、腑に落ちる説明だった。
だがしかし、腑に落ちすぎて怪しいとも思ったりもするのだった。
しかしともかく面白い一冊である。
高橋源一郎は挫折感の人なんだと思う
「ことばのために」シリーズの中で、本書が遅れに遅れて最後の刊行になったらしいが、率直に言ってそれは、高橋に「書くべきこと」がなかったからではないか。ここに提示された「文学史」は、要するに『日本文学盛衰史』の焼き直しでしかない。
確かに一葉=綿谷りさとか、啄木=赤木智弘とか、『蒲団』=『恋空』とか、そういう等号の置き方は楽しく発見的でもあるのだが、それで何を語っているかになると、既にどこかで聞いた紋切型のパッチワークという印象が拭えない。
いや、私は高橋源一郎は好きなんですよ。でも、どうしても「インテリ源ちゃん」の弱さを感じてしまう。
「小説のOS」という概念の説明で、高橋は「たとえば阿部和重や中原昌也の小説と、彼らに先行する小説とは、おおいに異なっています。それは誰の目にも明らかです」(p149)と書く。そこまでは良い。でも続けて高橋は、「では、私の小説とは、どうでしょうか」と続けてしまう。結局は阿部や中原と自分を「わたしたち」と括り、平野啓一郎ら「もっと若い世代の作家たち」(p150)と対比するにも関わらず、高橋は一瞬立ち止まらずにはいられない。
しかもここで高橋は、二葉亭を(一応の)起点とする「自然主義的リアリズム」のOSと80年代以降の作家たちのOSの対比をウィンドウズとリナックスの比喩で語りつつ、自分を「次の千年の文学」(p169)の最初の世代ではなく、前者の枠組の最後の世代と規定する。用心深い高橋は、サイードを引きつつ「歴史の起源は任意なのです」(p175)と断ってはいるが……
「現代短歌の最前線のことば」の本質を「言葉の敗戦処理」と呼ぶ穗村弘の議論を高橋は引用するが(p103)、高橋にとって「戦争」とは70年安保だったのだろう。高橋は「言葉を戦いの武器とする」世代であることに、断念をもって踏みとどまる。そのような私的な挫折感と矜持を抱えて書くからこそ、高橋は批評家ではなく小説家なのだと思う。
買いです。
たしか「一億三千万人のための小説教室」の「あとがき」に予告されていたと思うのですが、やっと完成したんですね。書店で「柴田さんと高橋さんの小説の読み方、書き方、訳し方」と併せて購入しました。二冊をほぼ同時に読んだのですが、「柴田さんと高橋さんの小説の読み方、書き方、訳し方」の第三章を詳細に説明したのが本書であるように思います。内容についてあまり語ると、これから本書を読む方の楽しみを損じるように思われますので、あまり多くは述べませんが、以前丸谷才一氏が「日本文学史早わかり」とかいった講談社から出ている薄い文庫本で、文学史の切れ目を、いわゆる江戸時代や明治時代と安易に設けるのではなく、時代を画した批評家の存在にしたがって区分するといった考え方を提示していて、本書を読みながらそのことを思い出しました。丸谷氏の論考に比べると、本書は時代区分といったことを行おうとしているわけではないのである意味漠然としているる印象もありますが、高橋源一郎氏ならではの詩的な感興に彩られているので、そこを楽しめるか否かが、本書の評価の分かれ目かとも思います。ところで、本書の「大人にはわからない日本文学史 」というタイトルは、高校生に教えている者の実感から言わせてもられば、「大人にしかわからない日本文学史 」といったほうがよいかもしれません。
吉本さんへの返答、かな。
おそらく、高橋源一郎という人は、
小説、文学について、
ずう〜っと考えている人なんぢゃないかと思う。
そんな印象をまず持った。
とにかく、小説・文学が好きなことが、
よく伝わってくる。
最近、「小説が面白くない」ということを
言う人が、とても多い。
私もその一人だが、この本には、
それがいったい何故なのかが、書かれている。
同じようなことは(というより「若者の詩は“無"だ」と)、
『日本語のゆくえ』の中で吉本隆明さんも言っている。
それに、答えているのだ。
いま、若手によって書かれている小説の、
どこにもたどり着かないグダグダは、
そうせざるを得ない理由があるのだという。
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